百貨店で開催される質流れ品フェアが人気を呼んでいる。たとえば、二〇〇三年一〇月に開催された京王百貨店の「質流れ品大処分市」は、一週間で九億円を売り上げた。会場に押しかけた客のお目当ては、海外のブランド品だ。この例を引くまでもなく、今、ヴィトンにエルメス、シャネルにダッチなどのブランド品を安く購入できる質流れに注目する消費者が増えている。町の質屋も変わりはじめた。生活費に困り、仕方なく着物や家電品を預け、一時的にお金を借りる店、何となく足を踏み入れるのがはばかられる店−。そんなイメージが強かった質屋が、ブランド品を前面に出し、明るいブティック風の店に変身している。いや、質屋ばかりではない。豊富な資金力、組織力を武器に躍進するリサイクルショップの台頭もブランドブームがもたらした。戦後間もなく、古着の再販から事業を興したJメ兵が、店舗数を増やし、JASDAQ市場に株式上場を果たすことができたのも、ブランドブームの波にうまく乗ったからだ。余談ではあるが、コメ兵の本拠地・名古屋は土地柄なのか、ブランド品の売れ行きが絶好調だ。海外ブランドの間では「名古屋を攻めろ」というかけ声が飛び、直営店を相次いでオープンしている。Jソサバで金持ち風のファッションを好む名古屋人気質とブランドとは相性がいいのだろう。ブランド好きの名古屋人は、ブランド品とあれば新品から中古品までチェックの目を光らせているという。インターネット上のフリーマーケット(フリこも、ブランド品で大賑おいた。もはや、直営店ばかりがブランド品を買う場所ではない。いったん消費者が購入したあと、再び市場に放出される二次流通品は、消費者がブランド品を買う時の有力な選択肢だ。ブランドの中古品は、バブルがはじけた一九九〇年代初頭から注目を集めはじめた。ブティック風にお色直しした新しいタイプの質屋がぽつぽつと増加したのがこの頃だ。店頭を飾っているブランド品は保存状態の良い中古品もあれば、新品もある。店内は明るく、入りやすい。女性好みの新しい質屋は、女性誌やTVの情報番組に引っ張りだこになり、「質屋で賢いお買い物」といった特集が頻繁に登場することになる。店舗数が減り、売上も落ち、明るい材料がなかった質屋業界に、ブランドブームは救世主のように手を差し伸べた。質屋のメイン業務は、いうまでもなく担保となる商品を質草として預かり、小口の融資を行うことにある。主な質草は宝石や家電品、電話の加入権。一九六〇〜七〇年代まではこれらを預けてお金を借りる人が大半だった。その後、家電量販店の台頭で家電品の安売りが激化し、質草としての価値が落ちた上に、消費者金融の急成長も追い討ちをかけ、質屋業界をめぐる状況は年々悪化の一途をたどった。質屋の利息は月利九%が上限だ。一方、消費者金融の金利は年利で二〇〜二五%程度。数字だけ見れば、消費者金融のほうがお得のように見えるが、質屋の質草預かりの期限は三ヵ月に設定されていて、三ヵ月を過ぎて返済されなければ、自動的に品物は質流れする。利用者には返済義務も返済請求もない。担保を取っているから当然なのだが、「返せなければそれで終わり」の質屋の融資システムは実に合理的で安全な融資方法といえるものだ。しかし、イメージ戦略では消費者金融が上を行った。実際には機械の後ろに人がいるのに、お金を借りる後ろめたさを表面的に解消してくれる無人契約機の投入や派手なCMで、消費者金融は利用者を大幅に増やした。そのあおりを受けたのが質屋だ。店をたたむところが跡を絶たず、東京都の場合、かつて営業していた質屋の数が二〇〇〇店から今は六五〇店と三分の一に減ってしまったほどだ。